「食料の根幹“日本のタネ”の現状」の報告

・講師:内山理勝氏(サカタのタネ 取締役国内卸売営業本部長)
・2012年3月27日(火)、18:30~20:00
・於:東京ウィメンズプラザ会議室
・参加者:33名
・まとめ:近藤真規

■種苗業界は「縁の下の力持ち」

 私は昭和59年に入社して以来30年、主に野菜種子の国内営業をしております。「種子を制するものが世界を制する」という言葉がありますが、ちょっと一人歩きをしすぎている印象もあります。農産物を作るには、「種子」だけではだめで「栽培技術」が必要です。技、生産者の腕です。さらに「風土」です。気候、土、日照量。「種子」「栽培技術」「風土」この3つの要素がぴたっと重なった部分が、消費者に喜んでいただける農産物です。
 主役はあくまで農家さん。種苗業界は「縁の下の力持ち」的な位置づけです。1つの品種を開発するのに10年、産地に入れてもらうのに10年、合計20年くらいかかる非常に息の長い仕事です。
 日本の野菜は、ほとんどが海外から来たものです。日本古来のものはふき、みつば、わさび、山ごぼう、うど、たで、みょうが、山椒など山菜系のものが多い。今お店で売っているものの原産地は、ほとんど日本ではありません。大根、ツケナ類、ゴボウ、カブ、ネギは相当昔に入ってきました。中世より前に入ってきたものは在来種が多く、逆にトマト、レタス、ブロッコリーなどに在来種はほとんどありません。日本に入ってきたのが古ければ古いほど、その地域の気候や栽培者の腕、食生活によって分化しています。そうやって日本に土着したのが在来種です。たとえば野沢菜は葉菜類ですが、カブから分化したものです。

■日本の種苗の多様さを支える

 日本の野菜は154種類といわれますが、海外と比べても種類が多いのが特徴です。弊社では約40品目、400品種の野菜種子を売っています。
 世界における種苗業界での日本の位置付けを見ると、弊社もタキイ種苗も10位以内にランキングされます。そのほか世界を代表する品種を販売している国内種苗会社は多数あります。種苗業界では昨今、世界的に大手化学会社による買収・合併が進み、競争も激しくなっています。日本の会社が合併資本にのみ込まれずに2社が10位以内に入っているのは、日本の農業や野菜に大きなプラスです。韓国では1990年代に1、2、3位の種苗会社が全部、モンサントとシンジェンタという欧米の会社に買収されました。興農種苗と中央種苗はモンサントに、ソウル種苗がシンジェンタに吸収され、今やマーケットの50%を外資が持っているといわれています。グローバルで活躍している企業にとって、地域性の強い作物の育種はおのずと優先順位が下がるのではないでしょうか。韓国では、キムチに使う白菜と大根が重要な野菜ですが、上位の種苗会社数社が育種プログラムの一部をやめるような話が聞こえてきています。日本の種苗のバラエティの多さを、日本をホームグランドと考える種苗会社が支えている、というのは手前味噌かもしれませんが、あたらずとも遠からずといったところです。
 日本の種苗会社は海外マーケットにも進出しており、弊社では半分くらいは海外での売り上げです。一例ですが、世界における弊社のブロッコリーのシェアは6、7割を占めています。また、トルコキキョウも海外で8割のシェアを持っています。世界各地のマーケットで日本の種苗会社がライバルということも、よくある話です。

■固定種・在来種・F1品種

 固定種とF1品種の違いを申し上げますと、自殖弱勢と雑種強勢がキーワードです。固定種とF1品種の育種方法は、欲しい形質を残すという点で基本的には変わらないのです。選抜をどんどん繰り返していくと形質はそろってきますが、一方でだんだんピュアにしていく(遺伝子がそろってくる)と弱くなり、種子がつきにくくなる、あるいは種子がとれても発芽しにくくなるなど、弱ってしまいます。これを専門用語で自殖弱勢といいます。植物に限ったことではなく、動物でも同じようなことが起きます。固定種は、完全に形質がそろう前、作物にもよりますが、だいたい5代から7代くらいで育種(選抜)をとめます。どこでとめるかを決めるには、センスが必要です。固定種は「そろい」と「自殖弱勢」のバランスの上に成り立っていますから、完全にそろえることは困難です。
 一方、F1品種は、雑種強勢という原理(性質)を有効活用した育種方法で育成されています。植物(生物)は遠い遺伝子同士が組み合わさると、一代限りで生育が旺盛になったり多収になったりします。この性質を利用すれば、たとえ自殖弱勢が発現しても、F1品種を作る目的ならば、さらピュアな親系統を育成することができます。このようにしてできた、そろいが極めてよい遠い遺伝子同士を1回かけ合わせたものがF1品種です。
 まとめてみると、固定種は自殖弱勢とのたたかいです。一方、F1品種は雑種強勢という原理を利用して、固定種よりも自殖弱勢を恐れずに、さらにそろいのよい品種を作ることができます。しかし、育種(選抜)の手法としては、固定種もF1品種も、目的に沿ってそろいをよくしていく作業である点は同じと理解していただいてよいと思います。
 生産性は、収量や秀品率から圧倒的にF1品種のほうが高く、ある意味では固定種のようなセンスはいりませんが、雄と雌の2系統が必要で、種子単価はF1品種のほうが高くなります。レタスやゴボウや豆類など、まだF1品種をつくる技術が完全に確立されていないものもあります。
 固定種は、その土地に合ったものに変わっていくこともあります。在来種は、長い時間をかけて地域の風土に土着した産物です。固定種が昔からの品種とは限りませんが、在来種はすべてが固定種といってよいでしょう。在来種と固定種は、分けて話をしていただければと思います。在来種はその地域の食文化に深くかかわっており、F1にするべきではないと、個人的には考えます。
 食糧生産において一番大切なのは安定生産です。これが確保されなければ、毎日普通の金額で野菜を買っていただくことができなくなります。ここは使命感を持っています。食べ物ですからおいしくなければならない。でも「おいしい」の基準は人それぞれ、また世代ごとにも異なっており、微妙で難しいのですが、「まずい」というのは意外に共通しています。
 今、日本の気候が変動しており、夏の暑さがきびしくなっています。こうした環境変化に対応できる品種を早急に育種しないと、たとえば日本で夏に作って秋から冬に出すトマトがなくなってしまいます。種苗会社としても急いで育種しているところです。

■タネを海外で採種するのは

 種をなぜ海外で採種するのかという点ですが、我々も、日本の農家さんは手が細かい利点があるし、目が届く国内で採りたいと考えています。今でも新しい採種地を探しています。でも限界があります。採種は細かい作業です。日本の農家は高齢化し、「もう細かい作業をするには目が見えません」という人も多くなってきました。
 また、適地適作という点では、野菜は遺伝子的には「ふるさと」を覚えています。だから原産地で作るほうが、良い種子がとれます。さらに、日本だけでとっていては、たとえば台風が来たらだめになってしまいます。南半球、北半球でリスク分散をしながら、安定して種子がとれるように努力しているというわけです。

■農産物が成り立つための1割の重要性

 冒頭に申し上げましたが、農産物は「種子(品種)」3割、「栽培技術」3割、「風土」3割の上に成り立っていると考えています。でも、この3つの要素だけでは農産物は完結しないというのが私の持論です。
 残りの1割は、これらの生産地側の事情や思いを消費地側に伝えていく「人」の存在だと思っています。私もその一員として、機会があるごとに産地の思いや現状をお伝えする努力をしていきたいと考えています。皆様にも、ぜひともお力を貸していただければありがたいと思っています。

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