「東日本大震災被災地の栄養と健康」の報告

・講師:中村丁次氏(社団法人日本栄養士会会長、神奈川県立保健福祉大学学長)
・2012年5月29日(火)18:30~20:00
・於:東京ウィメンズプラザ会議室
・参加者:32名
・まとめ:佐藤達夫

■「共に生きる」遺伝子を受け継いでいる

 2011年3月11日、あのとき私は羽田空港にいました。身の危険を感ずるような揺れがいったん収まったとき、私は「何かしなくてはいけない」と本能的に感じました。これは私だけではなく、日本国民の多くがそうだったのではないかと思います。
 のちにテレビ(NHK:ヒューマンプロジェクト)で、ヒトにはそのような遺伝子が備わっていることを知り、納得できました。サルからヒトに進化したばかりのころ、ヒトは狩猟採集によって得られた食物を全員で平等に分配していたそうです。もし獲物を独り占めするような者がいたら、皆は次からは彼(彼女)には食べ物を分け与えなくなり、その組織の中では生きていけなくなります。
 過酷な環境、つまり食べ物が少ない環境で、ヒトが生き延びて行くには「共に生きる」という遺伝子が必要だったと考えられます。そのような遺伝子が現代にも引き継がれているのでしょう。
 大昔と現代とを比較すると、同じ生物とは思えないほど、私たち(ヒト)の食べ物は大きく変化しています。しかし、「みんなで食べる」という食形態は、昔も今も変わっていないことがわかります。
 とりわけ、歴史上たびたび大地震や台風に襲われてきた日本人は、災害のたびに人と人の絆の大切さを実感してきたであろうと推測します。自然や地域の人々と調和しながら食生活を営んできました。それが、昨年の大震災時にも活かされたと思います。

■被災によって浮き彫りになった栄養問題

 大震災以降、被災地には大量の食料援助が届きました。国内からだけではなく、海外からも送られてきました。自衛隊による炊き出しも、それほど時間をおくことなく始まりました。
 では、栄養や健康の問題は生じなかったのでしょうか? そうではありません。私たち(日本栄養士会)が現地に入って調べたところ、多くの栄養・健康問題のあることがわかりました。
 日本栄養士会は岩手県・宮城県・福島県栄養士会に対策本部を設置し、岩手県遠野市と宮城県気仙沼市に活動拠点を立ち上げました。日本全国(40都道府県)から、延べ602名の栄養士・管理栄養士が参集しました(3月26日から11月30日の期間)。活動内容は、1)人材派遣、2)食料・栄養状態の評価、3)一般食品、サプリメント、病者用食品の適正な供給、4)支援システムの構築、5)ネットワーク作り、6)関係者、被災者、家族への栄養相談指導、などです。
 前述したように、集まった支援食料は大量でした。もちろん、最初の何日かは「口に入る物さえあればいい」という状況でした。しかし、何日か経過すると、それでいいはずがありません。現地に行ってみると、ある避難所には大量のインスタントラーメンがあり、別の避難所には大量のカンパンがあるというような状況でした。
 中には大量の菓子パンだけがあり、糖尿病の被災者がそれを食べて血糖値が上がってしまった、という状況まで生まれていました。また、テレビなどで「野菜サラダが食べたい」という声が流れると、その避難所にトラック1台分のキャベツがドカンと届くということもありました。

■日本栄養士会の「誓い」

 これほどの状況は、私たち日本人にとって初めてといってもいいことなので、すべてが理想的に進むはずはありませんが、日本栄養士会としては、この経験を“次ぎ”に活かさなければならないと痛感しました。たとえ善意ではあっても、少し落ちついた時点では「手元にある物」を送るのではなく、「被災者がほしい物」を送るという視点が不可欠になります。
 このような災害は二度と起きてほしくはありませんが、私たちは、世界中のどこでこのようなことが起きても、食べ物と健康に関する「素早く適切な支援」ができると思います。そのための支援システムを、現在、構築しています。
 また、急性期の支援と同様に重要なことが、慢性期の支援です。これは、過ぎたことではなく、現在進行中です。1年がたっても、被災者たちの栄養と健康が元に戻ったわけではありません。むしろ、この1年の無理がこれから表面化することが予想されます。
 日本栄養士会では、現地の管理栄養士・栄養士と協力して、食を通じた心と身体の栄養教室(仮称)を開設し、食べ物と健康に関するコミュニティ作りを進めています。すでに気仙沼市の「栄養ケアステーション・あした」のように、被災地第1号として具体的に動き出しているケースもあります。
 こうした東日本大震災における管理栄養士・栄養士の被災地支援・復興活動の経験を踏まえ、日本栄養士会災害支援栄養チーム(Japan Dietetic Association-DisasterAssistance Team 略称:JDA-DAT)を設立することにしました。国内外で大規模な地震、台風等の自然災害が発生した場合に、迅速に(72時間以内に)被災害地内の医療・福祉・行政栄養部門等と協力して緊急栄養補給物資等の支援する態勢を構築しようというものです。
 それを担う多種多様な状況に適切に対応できる専門的知識と技術をもった管理栄養士の育成するための第1回研修会を2月18、19日に開催し、106人のリーダーが誕生しました。これらのリーダーが核になって地域ごとに災害支援栄養チームを作っていき、拡大・充実していくことを期待しています。
 今回の災害支援を経験して、改めて学んだことがあります。それは「食に差別があってはならない」ということです。富める人も貧しい人も、被災した人もしない人も、どんな民族もどのような地域に住む人も、等しく栄養と健康に恵まれるように、栄養科学は貢献しなくてはなりません。そういう社会を作るということが、今回の多くの犠牲者に対する、私どもの誓いであるということができます。 

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