・演 題:『シン・オーガニック』から、 いまあらためて問う、「なぜ有機農業」なのか。
・日 時:2025年1月15日(水)19時~20時30分
・講 師:吉田太郎/NPO法人日本有機農業研究会理事
・進 行:小山伸二
・参加者:会場参加16名、オンライン参加40名
・文 責:小山伸二
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第7回目の勉強会は、2024年7月に出版された『シン・オーガニック 土壌・微生物・タネのつながりをとりもどす』(農文協)の著者、吉田太郎さんをお迎えしました。
一般論としては無農薬、無肥料はなんとなくよさそうだけど、経済性も含めて本当に持続可能なのか。オーガニックな農法がなかなか普及しない日本において、そんなもやもやに応える一冊とも言えた。
世界の食料需給の逼迫が懸念されるなか、カーボンゼロや生物多様性の保全も達成しなければならないという難題に対して、「食と農」をめぐる状況をどうやって打開していくのか。 著者の吉田さんが40年の地域農業に関わってきた経験と、独自の情報収集力と整理・分析をベースに、この難題に取り組んできた話を聞くことができた。
最先端農業では、AIやドローンを使ったいゆるスマート農業や、人工肉、細胞培養などの先端技術を用いたフードテックという話題もあるが、吉田さんが着目するのは、従来からある有機農業や自然農法といったリジェネラティブ農業(環境再生型農業)の現代的な見直し、再評価といえる。
ときとして「スピリチュアル系」と敬遠されがちな有機農業、自然農法を、「奇跡」でも「信仰」でもなく、最先端の科学的知見を援用しながらきちんと分析し今日的な意義、展望を縦横無尽に語りつくす『シン・オーガニック』の世界を、短い講演のなかで再現していただいた。
吉田さんは、もともと農学ではなく、地球科学(地下資源)の研究をされていたが、その後、東京都で農政を担当したあと、長野県で有機農業推進を担当されてきたというユニークな経歴を持っている。
吉田さんが東京都産業局農林水産部勤務時代の2002年に書かれた『200万年が有機野菜で自給できるわけ』(築地書館)で、都市農業大国キューバをリポートされた本が、当時の田中康夫・長野県知事の目にとまり長野県にヘッドハンティングされたことは有名なエピソードだ。
そんな吉田さんが、一時の徒花のような田中県政が終わったあとでも、定年まで長野の現場で有機農業の普及に携わりながら、地球規模の思考しながら、近代農業が陥ってしまったジレンマからの解決策を模索されてきた。
現在は、フリーランスのジャーナリストとして、内外の最先端の研究を渉猟しつつ、書籍や、日々のSNSでの発信で、農業の現場にフィードバックしている。
勉強会では、まず冒頭、土壌における微生物の働きを、腸内における細菌の活動と対比しながら世界中で読者を獲得したデイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー夫妻の著作『土と内臓』『土と脂』(ともに築地書館)を参照しながら、解説。
最近は、腸内細菌の重要性が一般にも知られているが、土壌での微生物の働きに関する研究も端緒についたばかりだが、そこで得られる知見から、先人たちの智恵が科学的に裏付けられる、歴史をひもときながら、と吉田さんは熱く語る。
古代ギリシアのアリストテレスの唱えた植物は死んだのちに腐植となり、腐植が肥料となるという「腐植説」を19世紀初頭に「腐植栄養説」として完成させてアルブレヒト・テーア。
これに対して、ユストゥス・フォン・リービッヒは「無機栄養説」を唱えた。これは、植物が生育に必要なのは、炭素、水素、酸素に加えて、窒素、リン、カリウムなどの無機物であると主張。これらの無機物が、土壌中の鉱物や、施肥によって供給されると考えた。
テーアの「腐植栄養説」は、当時の農業経験に基づいた直感的な考え方だったものの、植物栄養のメカニズムを十分に解明するには至らなかった。一方、リービッヒの「無機栄養説」は、科学的な実験と分析によって裏付けられ、植物が生育に無機物を必要とすることを明確に示した。
結果的にこの説をベースにしてハーバー・ボッシュ法による化学肥料の開発につながり、世界の農業生産を飛躍的に「向上」させることになった。
まさにこの文脈では、現代農業は「無機栄養説」をベースに発展したと言える。
こうした二つの説の対立を乗り越える形で、デイビッド・モントゴメリー、アン・ビクレー夫妻の論点は展開される。
つまり、土壌中の細菌、菌類、原生動物といった微生物の複雑な生態系が、植物の栄養吸収において極めて重要な役割を果たしていることを強調したうえで、リービッヒが注目した無機栄養素も、土壌微生物の働きによって植物が利用しやすい形に変換されたり、植物の根と微生物の共生関係によって効率的に吸収されている。
つまりこの点で、テーアが重視した有機物の分解と腐植の役割も、微生物の活動を通して再評価されたことになる。
さらに、植物の根から分泌される物質が土壌微生物の活動を促し、微生物が植物に必要な栄養素を供給したり、病害から保護したりする複雑な相互作用のネットワークを解説。
これは、単に無機物を供給すれば良いという「無機栄養説」のリービッヒの考え方を超え、土壌全体の生物的な活性が植物の健康にとって不可欠であることを示唆している。
こうした新しい知見をベースに、吉田さんは、日本各地の篤農家たちの業績を再検証しつつ、これからの「シン・オーガニック」を構想されていることが、十分に伝わった。
1時間半の勉強会が終わっても、白熱した質疑は9時まで続いた。
これから就農するという若い方から、有機農業を目指したいが、周囲の慣行農業を実践されている方からは否定的なアドバイスしかもらえないが、という問いかけに対して、吉田さんが、ゼロ百ではなく、柔軟に、でも粘り強くやり続けることが大事だと答えられたことが印象的だった。
食と農が抱える課題を解決する答えはひとつではない。
最先端の科学だって、もちろん、万能ではない。むしろ、よき科学が教えてくれることは、研究すればするほど、実験を重ねれば重ねるほど、わからないことの領野が広がるということである。
だからこそ、科学的な知見と、伝統的な経験則で培われた先人たちの知恵の統合と、さらにそこからの新しい展開。
そうしたことを構想し、発信できる科学ジャーナリストのこれからの活動に、注目していきたい。