日本の近代酪農は東京都心部から始まった!明治初期に発展した牧場跡を巡る
【2025年度第6回勉強会】

日時:2025年10月18日(土)
講師:金谷匡高
   (法政大学エコ地域デザイン研究センタ−・江戸東京研究センター客員研究員)
担当・文責:畑中三応子

日本近代酪農の礎になった都心の牧場跡6ヶ所を巡り歩きました。よりにもよってどうして東京のど真ん中に牧場が作られたのか、その地理的条件や明治初期にはどのような特徴を持つ地域だったかなどを、実際に歩くことによって体感するのが狙いです。講師は、殖産興業が近代東京の都市空間にもたらした影響を研究している金谷匡高さん。さまざまな角度と視点からの説明で、多くの歴史を学ぶことができる野外勉強会になりました。


集合場所のコモレ四谷は、福井藩士だった佐々倉伝吾が明治11年に創業した「四谷軒」があった場所。初期の牧場は武家地に作られましたが、ここは例外的に町人地でした。 徳川幕府の崩壊で大名や藩士たちが国元に帰り、120万だった人口が半減して都心部に大きな面積を占めていた武家地からは人が消え、中上級の幕臣が集まっていた現在の番町、市谷、九段、飯田橋あたりの空き地になった旧旗本屋敷が牧場に転用されました。
当時、牧場は「牛乳搾取所」と呼ばれました。牛乳搾取業は牛を飼い、乳を搾り、販売・配達まで行う重労働でしたが、進歩的な職業として士族がこぞって進出しました。


麹町大通りを東に向かい、皇居外苑半蔵門園地に寄り道。2015年に駐日英国大使館敷地の5分の1が日本政府に返還され、整備された公園です。


2か所めの「阪川牛乳」は英国大使館裏手、千代田区一番町の路地の入り組んだ一画にあり、現在「銭高組」の東京支社、天理教東京母屋や「ぶんか社」が立つ一帯が放牧場でした。牧場は斜面地に作られることが多く、ここもかなり急な坂道の途中です。牧場主は旧幕臣の阪川当晴、出資者は陸軍初代軍医総監の松本良順。松本は阪川の親戚で、蘭学を学んだことから早くも幕末より健康増進や病気治療のため牛乳を飲むことを熱心に呼びかけた牛乳普及のオピニオンリーダーのひとり。阪川牛乳は東京を代表する牛乳屋になりました。
当時の牧場は武家屋敷時代の空間を上手に生かし、母屋をそのまま住宅や店舗にしたり、井戸のある前庭を放牧場に利用したりしました。


3か所めの「英華舎」は、改修工事中の東郷元帥記念公園の北側にありました。公園名は東郷平八郎邸があったことに由来します。出資者は山県有朋ですが実際に経営したのは山県の執事の平田貞次郎、土地所有者は日本赤十字社を設立した櫻井忠興でした。
今回歩いた千代田区の一帯には陸軍関係者と政府高官、皇族や華族、外国人が多く居住したため牛乳需要が高く、牧場を作るのにうってつけの場所でした。
公園に面して立つ九段小学校は、関東大震災後の1926年に建築された鉄筋コンクリート造の復興小学校。2018年に大規模な改修がされましたが、二重に縁取りされたアーチ窓などの特徴的な部分は保存され、美しいモダンデザインに身惚れました。


英華舎跡にはいま創業1916年の精肉店「ミートショップうちの」が。ここもかなり急な上り坂でした。牧場があったなんて、まったく想像できない景色です。


外濠公園を歩いて4か所めの「猪股牧場」へ。場所は金谷さんの勤める法政大学キャンパス内です。旧宮津藩士で小菅県令・河瀬秀治の執事、猪股要助が経営し、四谷や高輪、本郷、牛込箪笥町などに支店があったそうです。校舎に囲まれた中庭は高台になっており、日当たりも水はけもよい牧場だっただろうと感じました。


法政大学の先に「日本赤十字社発祥の地」の解説プレートが。1877年の西南戦争の際、傷病者救護活動等のため設立された博愛社を前身とし、その本拠がこの地にあった桜井忠興邸におかれたそうです。


冬青木坂(もちのきざか)の途中にある駐日フィリピン大使館公邸。もとは安田財閥の安田岩次郎の住まいとして建てられ、岩次郎の姪オノ・ヨーコが幼少期を過ごしました。


冬青木坂(もちのきざか)の様子。坂上の東角には「明治の鉄道王」と呼ばれ、中央線の前身である甲武鉄道社長を務めた雨宮敬次郎の邸宅もありました。


5か所めの「北辰社」は、旧幕臣から農商務大臣、外務大臣などを歴任した榎本武揚が出資して自宅で開業し、その後、前田喜代松が経営を引き継ぎ東京の代表的な牛乳屋に発展しました。目白通りに牧場跡を示す石碑が立っています。


ゴールの「長養軒」は旧宇和島藩士の大蔵官僚になった松尾臣善が出資した牧場。武家屋敷の長屋門を入り口に使っていたそうです。飯田橋駅のほど近く、神田川沿いの跡地は再開発の工事中でした。 最後に皆で記念写真を撮り、解散となりました。距離はともかく、坂道が多くて結構きつかったとの感想もいただきました。お疲れ様でした!

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