「歯の健康と食生活」の報告

・講 師:丸森英史氏(丸森歯科医院院長)
・日 時:2017年3月29日(水) 19:00~20:30
・会 場:千代田区立日比谷図書文化館 4階「スタジオプラス」小ホール
・参加者:26名
・まとめ:佐藤達夫

■歯垢を毛先でていねいに除去する

 私たちの生体の中で、食べ物と最初に出会う部位が口であり歯である。食生活ジャーナリストにとって「歯」は大きな関心事であるはずだが、意外にも勉強会のテーマとして取り上げられることが少ない。今回は、横浜市で歯科医院を開業し、「歯の健康にとって食生活が重要な役割を果たす」と主張している丸森英史氏を講師としてお招きした。

 丸森氏のお話は「歯と食べ物の関係というと『砂糖の話か』と思われるかたもいらっしゃいますでしょうが・・・・そのとおりです」というユーモアあふれるツカミから始まった。しかし実際には、砂糖の話だけに限らず、歯磨きの仕方から、バランスのよい食事が及ぼす歯の健康に至るまで、短時間の中にあふれんばかりの内容が盛り込まれた。

 まず「虫歯は感染症」である。虫歯の原因として真っ先に砂糖(ショ糖)があげられるが、歯に付いた砂糖が直接に悪さをして虫歯を作るわけではない。虫歯や歯周病の原因となる菌(ミュータンス菌などの細菌)が歯に付着し、砂糖などを原料として増殖する。その過程で歯垢(プラークともバイオフィルムともいう)を作り、そこに住み込む。歯垢は食べ物のカスではなく「細菌の塊り」なのだ。

 なので、虫歯(歯周病も)予防の基本は、この歯垢を除去することにある。歯垢は、主として歯の表面にへばりついている(歯と歯のすき間や歯と歯肉の間にもあるのだが)ので、除去するためには、歯ブラシの毛先を使って歯の表面をていねいにブラッシングする必要がある。「磨く」というよりは「毛先でこそぎ取る」という感じ。こそぎ取るというと、歯ブラシを歯に強く押し付けるイメージがあるが、決してそうではなく、あくまでも毛先で取り除くというイメージが大切。

 使う歯ブラシの毛の堅さも、柔らかすぎず・堅すぎず、中くらいの堅さがよい。歯ブラシを歯に押しつける強さ(圧力)も、強すぎず・弱すぎない、中くらいの強さであることが肝心。歯垢を取り除こうとして、歯ブラシを歯に強く押しつけすぎると、歯ブラシの毛先ではなく、毛のワキのほうが歯に当たることになる。それだと歯の表面の歯垢を取り除く効果が激減する。「歯の表面に毛先を当てる」ことが歯磨きのコツ!

■見逃されがちな甘い飲料の悪影響

 歯垢の成り立ちをもう少し詳しく説明する。歯の表面に住みついた細菌は、飲食物中の糖を栄養にして増殖していく。同時にその際に、水に溶けないグルカンという成分を産生して(これが歯垢の元)そこに住みつく。この不溶性のグルカンに、さらに、さまざまな微生物がさらに住みついてゆく。これらの微生物が酸を産生し、その酸が歯を溶かして虫歯を作る。

 次に、虫歯菌が栄養にする「飲食物中の糖」とは何か? 代表的な物は砂糖(ショ糖)。では砂糖さえ口にしなければ虫歯にならないのかといえば、もちろんそうではない。ご飯やパンのデンプンは、口の中で唾液によって分解されて糖になるので、食事をしたあとに歯を磨かずに放置すると虫歯菌のエサになる。

 近年、問題になっているのが、食事以外に摂取する糖類だ。たとえば、児童・生徒(に限らず青年・成人においても)が多飲するスポーツ飲料。これには果糖ブドウ糖液糖などが相当量含まれているので、虫歯菌のかっこうの栄養源となる。食後には歯を磨く習慣のある人でも、スポーツ飲料を飲んだあとに歯を磨く習慣のある人はほとんどいないので、歯垢の大きな要因となっている。特に、就寝前のスポーツ飲料摂取は絶対に避けたい。

 また、高齢者(とりわけ、食事が十分に食べられない高齢者)にとって問題となっているのが、蜂蜜やあめ玉などの糖類。食事がとりにくかったり、ケアが行き届かなかったりするケースで、蜂蜜やあめを口に入れたままでベッドに横になっている高齢者が少なくない。極端なケースでは蜂蜜をなめながら就寝する(させられる?)高齢者さえいるという。口の中が糖類に長時間さらされるため、きわめて歯垢ができやすくなる。

■歯を健康にする3つの食習慣

 では、丸森氏が考える「歯垢ができにくい(作らせない)食生活」とはどういうものか。まず最初には、砂糖(ショ糖)をはじめとした「甘い物」をいたずらに摂取しないこと。虫歯や歯周病予防だけではなく、生活習慣病予防の観点から見ても、糖類から摂取するカロリー量を総摂取カロリー量の10%未満に抑えることが必要だと、WHO(世界保健機関)は提唱している。理想的には5%未満なのだそうだが、それは現実的ではなさそうだ。

 次には「三度の食事をしっかりと」とること。規則正しい食生活は、健康な体をつくり、細菌に対する抵抗力や免疫力を高めるだけではなく、不必要な間食(甘食)を防ぐことにも役立つ。質・量ともにしっかりとした三食をとることは、食前や食後あるいは寝る前にスポーツ飲料や甘い物を飲食したくなる欲望を抑えることにもつながる。

 そして、むだな間食をしないことによって「お腹がすく感覚」を養うことができるので、三度の食事が美味しくなるという好循環につながる。これは子どもだけにではなく、青年にも成人にも、中高年にも高齢者にも当てはまる食習慣である。

 最後(3つめ)は「味覚を育てる食育」の必要性だ。糖類や脂肪類の味は、脳内の「報酬系」に刺激を与える。報酬系への刺激は「快感」へとつながるので、甘い物や油の多い物は子どもも大人もやみつきとなり、好んで摂取する。とりわけ、栄養の学習をしていなかったり、健康に気遣うことのない子どもは、これらの食品を減らすことはきわめて困難である。

 食育によって、さまざまな食材にそれぞれのおいしさがあることを、子どもたちに教えることが大切だ。それを身につけた子どもは、単純に甘い物だけに偏った嗜好にはならず、豊かな食生活を楽しむようになる。豊かな食生活は健康な身体を作り、虫歯にも強い口内環境を整えることにつながるだろう。

 歯の健康は、単独にそれだけで独立して成り立つものではなく、体全体の健康と強く結びついていることを、丸森氏は強調して講義を終えた。
  

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