「終わっていない『口蹄疫』から学ぶこと」の報告

テーマ:「終わっていない『口蹄疫』から学ぶこと」
講師:村上洋介氏(帝京科学大学教授)
会員からの報告:近藤真規会員(日本農業新聞・記者)
平成22年7月22日(木)、18:00~20:00
於:ウィメンズプラザ(東京都渋谷区)
参加者:29名
まとめ:近藤真規

村上洋介教授は、3月まで農研機構・動物衛生研究所の所長として勤務され、動物ウイルス学の専門家で口蹄疫の問題では第一人者。10年前の宮崎県での発生の際も、動衛研に勤務されており、2度にわたって口蹄疫発生に携わった経験を持つ。

<講演>

今回の口蹄疫発生では、29万頭もの家畜が処分されるなどマスコミでも大きく報道され、日本人の多くが今回、初めて口蹄疫という病気を知ることとなったのではないか。一方、古くから畜産が盛んだった海外では、この病気は食料安全保障を脅かす疾病であり、だれもが知っている。

口蹄疫とは、口蹄疫ウイルスによって引き起こされるウイルス感染症で、A型、O型、C型など7種類の血清型があり、さらに同じ型でも細分化され、それは「トポタイプ」と呼ばれる。韓国や日本で今年猛威を振るっているのは、O型だ。この病気は、家畜が死ぬわけではなく、乳牛ならば乳を出さなくなる、豚であれば、蹄が取れて痛くて歩けなくなるなどの症状が出て、えさを食べなくなり、経済的な価値がなくなってしまうということから、世界的に恐れられている疾病の1つ。そのため、英国のパーブライトにある世界的な口蹄疫研究所では、世界での発生状況を常に監視し、どのような型のウイルスが今はやっているのか、診断方法を常に更新しながら、対策をとっている。

 今回、感染拡大を防ぐために、5月下旬に日本では初めて、ワクチン接種を行った。ワクチン接種は非常に難しく、どのタイミングで、どの型のワクチンを接種するのか、といった技術的な難しさがあり、同じ型のワクチンを接種しても効果がないこともある。また、どの範囲で接種するのかを判断するのも難しい。ロシアは、国の一定エリアにウイルスが侵入しないよう、感染地帯に接しているエリアにワクチンを接種している。またデンマークも、ドイツとの国境沿いにワクチンを接種するなどの例があるが、日本では初めてのワクチン接種となった。

また、貿易上の問題点もある。日本はOIEで「ワクチンを接種していない清浄国」という地位にあるが、これによってWTO(世界貿易機関)でのルール上も、汚染国からの畜産物の輸入を制限できている。完全な清浄国は、世界では日本のほかに、米国、オーストラリア、ニュージーランドなど一部の国しかない。国境措置もできず、また家畜衛生の仕組みが機能しない国が、発生源となっている。
もし、日本が清浄国としての地位を失えば、こうした汚染国からも輸入物が入ってくることになり、発生を一定の範囲でとどめなければ、日本全土に拡大する恐れがあり、ワクチン接種に踏み切った。

今回の口蹄疫の発生を通じて、今一度、畜産物を食べるという意味を、消費者の皆さんには考えていただきたい。消費者は、安くておいしくて安全なものを求めるが、世界中ではそれが難しい国のほうが多い現実がある。世界にはワクチンを接種した家畜を普通に食べている国もある。安心で安全な肉を食べることの難しさも含め、日本の畜産について、消費者に考える契機にしていただきたいと思う。
畜産国のオーストラリアなどに入国する際の検疫は非常に厳しい。グローバル化した現在、こうした疾病の侵入を防ぐことが課題だ。ほかの国に行くときに注意すると同時に、海外からの観光客に対しても疾病を持ち込まないようお願いする。それが「地球人」としてのマナーだろう。

<報告>

会員・近藤真規「現地取材の報告」
 今回の宮崎の口蹄疫では、4月20日の発生以降、宮崎県庁での取材や、専門家へのインタビューなどを行ってきた。農業の専門紙であり、「いかにこれ以上の感染を防ぐか」をテーマで取材を行ってきた。

今回、宮崎県では、口蹄疫という病気が感染しやすく、取材に行った記者たちが感染を拡大させる危険があったため、発生農家への取材は禁止されていた。その代わり、県庁の職員が定期的に報告をする記者会見が行われた。写真については、県庁の担当から提供を受けた。4月末に豚に広がってから、一気に感染が拡大したため、この時期は夜中の1時、2時といった時間に会見が設定されることが続いた。
本紙も、感染を防ぐため、殺処分を終えるまでは現地の農家には記者は入らないようにルールを決めた。その場合も、行ったときの靴は処分する、一定期間は別の農場に行かないなど配慮しながら取材を行った。

現地の報道機関も、感染させないように規制に従っていたが、時には記者たちの不満が出ることもあった。新聞は提供写真で済むが、映像がないことに苦労したテレビ局が、農水省の疫学調査チームの現地調査の日に、現場に報道ヘリコプターを飛ばしたことが分かり、当日の記者会見では、自粛するよう厳重に注意をされる場面も見られた。

現地で耳にした話が印象に残っている。家族のように牛を育てていたある高齢の男性は、牛に名前を付けて、娘のようにかわいがっていた。ワクチンを接種しなければならなくなった時、「一番最後にしてほしい」と申し出たという話も聞いた。
また、お嫁さんが来たばかりのある農場では、お嫁さんが牛に名前をつけて仕事になじもうと努力していたところに、口蹄疫が発生した。すべての殺処分が決まってから、子牛が生まれた。殺処分しなければならないこの子牛に、名前を付けて、母牛の乳を飲ませたというエピソードも聞いた。

発生数が増えるにつれ、「何千頭、何万頭」と増えるうちに、想像できる範囲を大きく超えた時に、「何例目」と無機質に報道されていた場面もあったが、1つ1つの農場に、農家の苦悩や悲しみがあったことを、感じた。
すべての経営の糧を失った農家にとっては、口蹄疫が終息して以降、経営をどのように再建し、産地として復興するのか。畜産農家にとってはこれからが長い戦いとなる。

以上

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