砂田 登志子 食生活・健康ジャーナリスト
幸福は口福から−伝統食の良さを見直そう 食育で元気、やる気、問題解決力を引きだす

01.デンマークの試み 子供向けポスター
 「私たちの心身は食べものからできている」「食べたものが私です。あなたです」「私の体は私の銀行」「何を食べているかで生活と人生は決まる」これらはみな欧米の子どもたちが幼児期から学び、知っている食育スローガンの具体例です。 女性の社会進出が加速し始めた1960年代から食育を実施してきた北欧諸国の中でも、生活満足度、幸福度が高い国として知られるデンマークの場合、1986年消費者省制作「食で人生の勝負は決まる」と呼びかける食育ポスターはとてもカラフルで魅力的。3歳以上の全国児童に配布された「食べたように結果が出る」ことを伝えるこの楽しい力作ポスターに登場するのは、ゴールに向かって走るかわいく擬人化された食べものの数々。
 先頭集団は黒くてかたい歯ごたえのあるライ麦パン、牛乳、新鮮な野菜、果物、魚、卵など。トップ群の食べものの目はイキイキ。チビッ子の興味を引くクリクリお目め。全員がスニーカーをはき、元気はつらつ走っています。
 これとは対照的に疲れはて、いまにも倒れそうな後方集団にいるのは脂肪分の多い甘い菓子スナック類、塩分・添加物が気になる調理加工食品ばかり。さえない表情の炭酸飲料やドーナツはリタイヤして松葉杖か杖をついています。
体にとって何が好ましいか、良い食べもの、悪い食べものが一目でわかる。日本の保育園児、幼稚園児に見せたところ、デンマーク語がわからなくても内容をきちんと理解し、毎日飽きずに見ています。

02.台所で医療費削減 選食と食戦の米国
 米国では30年ほど前から「愛するわが子を病院(クリニック)に入れたくなかったら、元気と幸せの土台を作る台所(キッチン)に入れて、一緒に料理をし、家族のコミュニケーションを楽しみましょう。キッズ・イン・ザ・キッチン! クリニックは医療費負担を増やし、キッチンは削減できる」と話かけています。
 誰にでもわかる食育運動の2つのキーワードは食を上手に選んで組み合わせて食べるフードチョイス(選食)と、肥満、がん、糖尿病などの生活習慣病を、後手の治療ではなく、先手の予防で賢く対処し、撃退するフードファイト(食戦)。健康づくりとは上手に選び、戦いとるものだというのがその基本姿勢です。

03.欧米のマスコミは食担当記者を配置
 さて、近年の日本社会は、"失なわれた10年"といわれ、暗く、さえない。夢や希望もなかなか見出せない。マスコミ報道は不正、不当、不貞、不信、不満、不幸、不平、不始末、そして無気力、無関心、無礼、不愛想などの悪口やぼやきばかり。食と農の再生といわれて久しいが、日本はいま疾風怒濤の大変革期にあり、毎日の食生活も例外ではない。今こそ食をもっと重視し、代理のきかない各自の食生活の優先順位を高め、日本の伝統食の良さを見直す食育活動に本腰を入れるべきときだと思います。
 私はここ30年間欧米の食育先端行動を取材し、報道してきました。当初最も強い印象を受けたのは私が勤務していたニューヨーク・タイムズ社も含めて向こうの有力紙のほとんどに食記者、食紙面、食コラムが確立していたことでした。食育は個食をみじめな欠陥食と否定的に考えず、ひとりの食卓でも自分で丁寧にできるようにする運動でした。
 また、字の読み書きができない、数がまだかぞえられない幼児向け教材の研究開発に意欲的な食品企業や食育財団に深い感銘を受けました。そして語りかけ方も、母親、医師、教師、栄養士などのおとなを通じて教える間接話法ではなく、子どもたちの児童心理、目線、好み、感性、、理解度を尊重した愉快でユーモラスな直接話法の育て方でした。

04.国家予算がついた今年は"食育元年"
 ところで2003年は食育に初めて国家予算がつく日本の食育元年。今年1月から毎年年初めの1ヶ月間は、食の安全・安心や望ましい食生活のあり方に真剣に取り組む「食を考える月間」と決まりました。
 このところ食の乱れが要因の医療費負担高騰や食と農のかい離などの諸問題にブレーキをかけようと、昨年秋国会では幼児期から食の大切さを学習し、自分の健康は自分で守る食育を国民的運動として展開してゆく『食育調査会』が発足しました。設置目標には@食生活習慣の改善と生活習慣病の予防A食の信頼確保と回復B食料自給率の向上、地産地消、旬産旬消運動も含まれています。
 一昨年9月、突如日本人の食卓を襲ったBSE(牛海綿状脳症・狂牛病)発生以来、食品の偽装、虚偽表示事件、残留農薬や無認可添加物使用問題が相次ぎ、消費者保護の視点で不正を厳しく監視する食品安全機関の不在と危機管理体制の遅れを実感させました。欧米ではすでに常識化しているリスク分析、リスク評価、リスク管理、リスクコミュニケーションを早急に実現し、食の安全教育を通じて事故防止と危害削除を計る食育の必要性が表面化しました。リスクとは「望ましくないが、起こる可能性があり、完全に予測できない事態」を意味します。

05.100年以上も前から食育の大切さ説く
 不測、不確実な21世紀は自由化と自己責任の新時代。生活周辺での激変が続く昨今、「学歴より食歴」「食歴が職歴を育む」「食欲は職欲を支える」という事例を沢山見ることができます。幼児期からの食育運動で日本より一世代以上先輩格の米国では、かなり以前から官民合同で毎年3月は栄養教育月間、春の1ヶ月間はがんなどの生活習慣病を予防で駆逐する食戦月間、秋の9月を食の安全教育月間にあてています。
 日本での食育という言葉は明治後期ごろまでかなり広く知られていて、食・体・知・才・徳の五育があり、食育はその基本でした。1898年(明治31年)版『通俗食物養生法』著者石塚左玄はその中で「今日、学童を持つ人は、体育も智育も才育もすべて食育にあると認識すべき」と述べています。
 「三つ子の健康100まで」を目指す食育活動は丁度100年前1903年(明治36年)報知新聞連載家庭小説『食道楽』の中で人気作家兼編集長村井弦斉の「小児には徳育よりも、智育よりも、体育よりも食育が先(さ)き。体育、徳育の根源も食育にある」という表現で引き継がれていきます。

06.バレンタインにはチョコよりむすび
 現在日本人の食生活で一番気になるのは、明日を生き、未来を担う若者、子どもたちのゆきすぎた欧米化、中高年層と比較すると、国産外国人と言っても過言ではない、伝統食から遠く離れた調理加工食品、インスタント食、コンビニ食、清涼飲料の多い食習慣です。
 過去半世紀間に動物性たん白を4倍、動物性脂肪はなんと5倍摂取するようになり、逆にコメを含む穀類の炭水化物は40%減少し、野菜、果物、海藻に多いビタミン、ミネラル、食物繊維の摂取量も大幅に減っています。
 数年前日本の青少年の血中コレステロール量はついに欧米を追い越し、肥満、糖尿病、高血圧、アトピー・アレルギー、自律神経失調、虚弱体質、健康障害、問題行動の激増につながっています。
 豊かな食を求めて頑張ってきた多くの日本人は、世界中のグルメが365日24時間入手可能になるにつれ、便利さに甘え、豊食から飽食、放食、呆(ほう)食、崩食となり、日本の農業と漁業も崩壊し始めました。
 こうした逆境のなか、私は10数年前から全国各地で、心・愛・力・思いを込めて「バレンタインはチョコよりお結びを!」という運動をしています。かつて母親の手作りお結びは親子や家族を結ぶ心のスキンシップでした。友だち、仲間、信頼、縁、みんなの心だけではなく、手も結び、絆を深めます。
 むすぶ、むすび、草むす、苔むす、むすこ(息子)、むすめ(娘)の「生(む)す」はイキイキとして生命力溢れる姿、様子、勢いを意味し、音霊(おとだま)、言霊(ことだま)の霊的波動を感じさせます。おコメを動詞のこめると連想すると、おむすびは一層おいしくなり、栄養学では語れない喜び、安らぎ、慰め、癒しを味わうことができます。

07.五感を総動員して豊かな体験学習を
 また、私は長年「漢字で食育」という活動も継続しています。
 現場体験から申しますと、漢字を用いた食育はとても有効です。頭はよく、体が喜び、心は豊か。元気に山に登り、休まず登校できる。豆は本当にすばらしい活性食です。
 舌は千に口。幼児に1000種類以上の季節感、生命力溢れる旬の食味体験を舌に記憶させるのが食育の始まりです。10種以上の豆、魚も100種以上の名前がいえる子は感性が豊か。食育は五感を総動員する参加体験学習。
 舌の千が十になると古。舌がさび付き、食欲、元気、体力、気力がなくなり、味覚も感性も発達しません。日本の食文化を伝承し、わが家の味を守るため、愛するわが子をたたき起こしても、おいしいものを口に入れてあげるのが親の愛情だと思います。
 私はここ10年提唱している食育3きょう育は@もっと強く、元気に、丈夫にA共に、仲よく、一緒に、おいしく、楽しく。そしてB郷土、ふる里、伝統、文化、家庭、おふくろ、おばあちゃんの味の伝承です。

08.食文化をまもれば健康がまもられる
 私はこれまで異文化コミュニケーション環境で働き、職場、国際会議で出会った上司と仲間から学んだ知恵は「自分が伝統の食文化を守れば、古来の食文化が健康を守ってくれる」という真実であり、教訓でした。住んでいる土地の四季折々の気候風土に育まれた旬の食材が一番身体によく、野菜、果物ならハウスものより露地栽培が栄養豊富で、健康増進に役立ちます。
 和食は日本型食というより、自然、季節、人間、自分、体調、地球、環境に調和した食と解釈し、健康投資で高い配当を手にしたいものです。子ども期は単なる保護期ではなく、長い超高齢社会にたくましく対処するための準備期と考え、好ましい食生活習慣の形成と体得に心がけましょう。
 食品安全は生産者、流通業、小売業、料理人、消費者にとって共通目標であり、老若男女、貧富、職業、価値観の差を越えた最大関心事です。反対者はなく、行政、産業、メディア、家庭、学校、地域社会がみんなで連携し、取り組んでゆかなければならない超党派の新公共政策です。
 私たちの元気と健康の素、命の源は食。食が向こうからやってくるのではなく、自分の判断で選び、自分の手で口に運びます。食のリスクは最後に食べる消費者が負います。食事は「人に良い事・人を良くする事」と読み、食育は「人を良く育てる、人を良くするよう育む」と書きます。人は食べないと生きていけません。食育は食がショックにならない最良のリスクコミュニケーション、最高の予防医学なのです。