・講 師:松浦弥太郎氏(クックパッド株式会社『くらしのきほん』編集長)
・日 時:2015年10月27日(火) 18:30~20:00
・会 場:東京ウィメンズプラザ(東京都渋谷区)会議室
・参加者:59名
・まとめ:佐藤達夫

■「商品テスト」が『暮らしの手帖』のすべてではない

 1948年に創刊された家庭向け総合生活雑誌『暮しの手帖』の編集長から、月間ユーザー数5000万人ともいわれている巨大web媒体『クックパッド』に、2015年4月に移籍した松浦弥太郎氏に、webと紙媒体の違いを、編集者としての視点から語ってもらった。
 まずは、世間をアッといわせた移籍の顛末(てんまつ)から。
 『暮しの手帖』は商品テストを「名物企画」に、一時は、発行部数100万部を超えるモンスター雑誌として日本の家庭生活をリードし続けてきた。編集方針に影響を与えかねない広告を受けいれず、そのために可能になった「歯に衣を着せぬ」商品の評価は、企業を怖れさせ、同時に読者の絶大なる信頼をかちとった。
 しかし、様々な時代背景もあって二十一世紀に入ると、さしもの『暮しの手帖』も、全盛期の10分の1ほどの発行部数にまで落ち込んだ。昔からこの雑誌の大フアンであった松浦氏は、2002年に世田谷文学館で開催された「花森安治と暮しの手帖展」の期間中のトークショーで、「『暮らしの手帖』をテストする」というテーマで、「新しいライフスタイル雑誌に抜かれてしまった、残念でならない」という主旨の発言をした。
 その発言を聞いた経営者から、編集長就任の依頼を受け、それまでは雑誌の編集経験などないにもかかわらず『暮しの手帖』の編集長を引き受けることになった。
 右も左もわからない状態で編集長を引き受けたが、『暮しの手帖』の最大の長所は商品テストにあるわけではなく、「読者の生活を向上させる・読者を幸せにする」ことをつねに考えるところにあるという信念は曲げなかった。社内、社外、とりわけ古くからの読者から「らしくない!」とおしかりを受けながら、この考えを貫き通し、結果的に、就任時に約束をした「発行部数20万部」をクリアすることができた。それを機に、2014年に編集長を降りることを決意した。
 時を同じくして、クックパッドの経営責任者と出会うことになり、どうせ新しいスタートを切るなら、中途半端にではなく「ゼロからのスタート」にチャレンジしたいと思い、クックパッドに身を置くことにした。当時すでにクックパッドは、松浦氏が紙媒体ではできないことを次から次へと具現化していて、『暮しの手帖』編集長時代から「くやしくてたまらない」対象だったのだという。

■膨大な利用者の中に「フアン」を作りたい

 『暮しの手帖』時代は「数十年続いた歴史を変革すること」の大変さを味わったが、クックパッドでは、今「まったく知らないことを始める苦労」を味わっているという。しかし、「働くことが大好きで、新しいモノを作り上げることにものすごく興味のある自分には最適な仕事だ」と感じている。
 仕事仲間は、松浦さんよりもはるかに専門知識があり、年齢的にも子供と同じくらいの若者が多い。そんな中で「自分にできることは何か」を突き詰めたとき、「ファン作り」だと気がついた。
 クックパッドはきわめて便利で、そして日本最大の料理レシピサービスであることは疑う余地がない。しかし、あくまでもツール、つまり道具である。月間利用者は5000万人にも達するほどに多いが、フアンと呼べる人はきわめて少ないのではないか。使ってはいるけどフアンではない・・・・こういう利用者たちの中からクックパッドのフアンを作ることにチャレンジしようと、松浦氏は考えた。
 別の言葉を使えば「クオリティの高いコンテンツを発信すること」だ。言うは易けれども行なうは難し、とはまさにこのこと。日々、苦悩している。ただ、目指すのが「ユーザーの生活が楽しくなり、笑顔いっぱいで幸せになること」という点においては、今まで『暮しの手帖』で実践してきたことと変わりはない。実現できると確信している。

■スマホで何ができるかを徹底的に追求する

 ツールはスマホと決めてある。紙媒体やPCは対象としない。スマホで何ができるか、どこまでできるかに、もっか格闘している。まずは「スマホオタクになること」が必要だと決めているようだ。極端に言えば寝ている間もスマホから手を離さない、くらいのオタクになってはじめて「できること」がおぼろげながらわかってくるのだという。
 加えて、webで編集の仕事をしようと思うのであれば、これからは「プログラミング知識」と「英語力」が不可欠になることに松浦氏は気がついた。この2つのツールを使いこなさなければ、web上での情報収集もやりたいことも充分にはできない。現実的には、これらのことに長けている仲間と友に、教えてもらいながら共に仕事を進めなければならない。
 しかし、プログラミングや語学力に長けている人材であっても、コンテンツ力(読者に提供したいと思う内容)を持っているとは限らない。というよりも、彼らはサービスは開発できるが、コンテンツ力は持っていないケースのほうが多い。ここに「アナログ編集者」としての能力が求められる。web時代になっても、編集者が活躍できる場がなくなるわけではないのだという。むしろ、活躍の場は広がるだろうと推測している。しかし、コンテンツ力を持っていればの話である。企画、執筆、構成、レイアウト、ビジュアル、パッケージ、人脈など、あらゆるスキルが求められるだろう。
 今後、松浦氏は「なくなったら読者が困るモノ」を作りたいという。自分が作っている「くらしのきほん」は、あれば便利だけれども、まだまだ、なくなっても読者はそんなに困らない、だろうと思っている。「なくなったら困るモノ」それは何かを模索している。
   ☆
 松浦氏は紛れもなく編集者であった。有能な編集者が強力なツールを手に入れたらどういうことが起こるのかを、今回の勉強会で、参加者は実感したのではないか。松浦氏のこれからを知るためには、クックパッドの中の『くらしのきほん』ページを閲覧するのが最も手っ取り早い。レポーターも一日に最低1回はここを訪問したいと思う。