2014年10月23日 2014年度第5回勉強会

「なぜ食事摂取基準は実現できないのか?」の報告

・講師:佐々木 敏
    東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻社会予防疫学 教授
・日時:2014年10月23日(木) 18:30~20:00
・於:東京ウィメンズプラザ会議室
・参加者:56名
・まとめ:佐藤達夫 

■2015年から5年間使用される食事摂取基準

 私たち日本人が「どのような食生活を送れば健康で長生きできるのか」の基準となるのが、「日本人の食事摂取基準」である。かつては「日本人の栄養所要量」として示されてきたのだが、2004年からは「日本人の食事摂取基準」という名称に改められた。これは、一定の栄養素をとればいいということではなく、バランスのいい食事を摂取することが重要であるという、基本的考え方の変化を示すものでもある。

 「日本人の食事摂取基準」は5年ごとに改定され、今年示された「2015年版」は、来年の4月からの5年間使われる新基準だ。JFJの第5回勉強会は、新基準の実際の策定にあたったワーキンググループの座長を務めた佐々木敏氏に講師をお願いした。

 当初、幹事会では「新しい基準は今までの基準とどこがどう違うのか」を解説してもらうつもりでいたのだが、佐々木氏からは意外にも「食事摂取基準はなぜ正しく使われないのか?」という「お題」をちょうだいした。そして、「対象者がジャーナリストなのだから、一般の人に対する解説ではなく、これほど重要な食事摂取基準が正しく使われない理由と背景をいっしょに考えたい。そのために、参加者は食事摂取基準の総論(A4で44ページもある!)を事前に読んでくるように」という、ハードルの高い宿題を出された。

■論文のトレーサビリティこそエビデンス

 「何をどれだけ食べれば健康になれるか」ということは、根拠のある学術論文によってのみ判断されるべきだ、というのが佐々木氏の基本的考え方。これが、よくいわれる「エビデンス」。ある健康情報が示されたとき、それはどのような学術論文を根拠としているか、が明確になっていなければならない。

 たとえば、スーパーで買う牛肉が安全であるかどうかは、流通ルート等をていねいに遡って、元はどのウシの肉なのか、さらにその牛はどういうエサを食べたのか、が明確になってはじめて、証明される。仕入れルートが途中であいまいになっていたり、元のウシが特定できなかったり、食べているエサがいい加減な物であったりした場合には、私たちはその牛肉を信頼して食べられない。

 同じことが健康・栄養情報にも当てはまるはずなのだが、多くの人はそれを調べることはないし、人によっては気にもしない。少なくとも、多くの人に情報を提供するジャーナリストは、情報のトレーサビリティ(エビデンス)を正確に・厳密に追求する努力をしなくてはならない。

■肥満であれば、あるいは、太ってくれば「摂取カロリー過剰」

 食事摂取基準が正しく使われない理由としては、「わかりにくいから」とか「使うのが面倒だから」ということなのかと思いきや、佐々木氏は、そうではなく「そもそも内容に問題がある(今まではあった)から」という、驚くべき指摘をした。
たとえば「エネルギー必要量」を例にとってみると・・・。

 「2010年版」までは、エネルギー必要量は、年齢・性別・生活強度等によって、「こういう人は◯キロカロリー必要」と示されていたのだが、それぞれのデータに「エビデンスのある研究」が必ずしも充分ではない(というか「正しくなかった」)ことがわかったのだという。これでは「正しく使われる」わけがない。

 では今回(2015年度版)はどうなったのか。「こういう人には◯キロカロリー」と示すのではなく、BMI(体格指数)で判断することになった。現在、根拠のある学術論文から「ある人に適正なBMI」というのが示されているので、それよりも大きければカロリーのとりすぎであり、小さければカロリーの不足である、と判断する。同じことで、適正BMIの人であってもだんだん増えてくるのであればカロリーの摂取過剰であり、減ってくるのであればカロリーの摂取不足であると判断する。

 今回の勉強会では、時間がないためにエネルギーについてだけしか解説はなかったが、すべての栄養素について、同様の「見直し」が行われてきた。しかし、このような背景はマスコミではなかなか伝えられることがない。新基準の「改定結果」が報道されるだけであることが多い。

 佐々木氏は、「私が直接に情報提供できる機会や人には限りがある。そして、説明のうまさということでは、プロである皆さんのほうが私よりもはるかに上のはずだ。皆さんが正しくわかりやすく多くの人に伝えてくれることを希望します」と結んだ。

 勉強会後の懇親会では、あらかじめ佐々木氏から提出されていた「健康情報は科学かファッションか」をテーマに、熱い議論が交わされた(というよりも、そのテーマをサカナに、佐々木氏とあるいは参加者同士で楽しい情報交換を行った、というほうが正確なレポートといえるだろう)。