2011年7月27日 2011年度第3回勉強会

「震災から考える日本の水産業」の報告

・講師:馬場治氏(東京海洋大学 海洋政策文化学科 教授)
・平成23年7月27日、18:30~20:00
・於:東京ウィメンズプラザ会議室
・参加者:20名
・まとめ:大森良美

 東日本大震災が水産業へ与えた影響は大きく、三陸沿岸は津波により壊滅的な被害を受けた。東日本大震災復興構想会議検討部会の委員を務めている馬場氏は「各地の状況と復興に向けた動き」、「水産特区構想と漁業権の仕組み」、「日本の漁業と食生活の変化」の3部構成で話しを進めた。話題になった水産特区構想については、間違った報道、あるいは偏った報道によって現地に混乱を与えてしまったことにも言及した。また、漁業権の仕組みをはじめ、漁業について知らなかったこと、知っていそうで知らなかったこと、勘違いしやすいことなどを、分かりやすい言葉で解説した。質疑を入れた1時間半の勉強会は、「なるほど~」と水産業への理解が進む内容となった。

■被災状況と政府の復興構想

 ―相馬原釜(福島県)、石巻・女川・気仙沼(宮城県)の被災状況を説明-
 政府が出した水産業の復興マスタープランのなかで、漁船や養殖施設などの共同利用を前提に国が補助金を出すことになっているが、共同利用は簡単に馴染めず、現地は不安をおぼえている。漁業は流通業者、加工業者がいて初めて成り立つものだ。冷蔵庫(冷凍庫)なしに水揚げはあり得ない。例えば巻網のカツオの多くは冷凍保管され、缶詰原料としてタイに輸出。冷凍庫がないと巻網船は本格的な水揚げができず、冷凍庫や加工場を復旧しないとならない。しかし、石巻、女川、気仙沼は身動きができない状態だ。さらに各地とも9月11日まで建築制限があるため、加工業者のなかには、別の土地に工場を建てているところもある。そして相馬は原発問題が深刻だ。 震災を通じて、水産業は非常にすそ野が広いことが分かった。流通業、加工業が立ち上がらないと漁業も立ち上がらないし、立ち上がりは同時でないとならない。

■水産特区構想と漁業権

 漁業は制度上、「自由漁業」、「漁業権漁業」、「許可漁業」の3つに分類される。このなかの「漁業権漁業」には、定置漁業権、区画(養殖)漁業権、共同漁業権の3つがある。江戸時代、漁師は自分たちの住んでいる前浜で漁業することを許されていた。これがいまの漁業権の原型。明治に各村単位で漁業組合を組織させ、組合に漁場を管理させた。漁民が自主的に自分たちの漁場を管理したのが漁業権で、明治漁業法で制定した。戦後、GHQの農地解放と同じように、1949年の漁業法改正で、漁業権を直接働く漁民に与えた。
 漁業権は、その種類によって誰に免許されるのかが決まっている。共同漁業権と特定区画漁業権(多くの養殖業)は漁業協同組合(以下、漁協)への免許で、定置漁業権と特定区画を除く区画漁業権(真珠養殖や大規模な魚類養殖)は経営者免許だ。今回、新聞報道などで「漁協が独占してきた漁業権」という表現がずいぶんされたが、これは独占ではなく法律で決まっていることだ。漁協に与えられる漁業権は、漁協が漁場を管理し、漁業者が操業している。自分たちでルールを作り、漁場を管理しているため、独占と表現されると非常に誤解を与えてしまう。
問題となっている漁業権の優先順位だが、定置漁業権は漁協が最優先されている。定置網漁業は漁場の一定の面積を占有するため、そこからあがる利益を漁民に広く行き渡らせるために、漁業者の集団経営を最優先させている。そのトップが漁協だ。これは漁協が独占しているわけではなく、漁業者が漁場を優先的に集団で使うことを担保する仕組みだ。
 それではなぜ、漁業権は漁民の組織に優先的に与えられていたのだろうか。江戸時代に漁民は年貢を払って自分たちが漁業をする権利を得てきた。漁民が苦労して獲得してきた漁場の権利を制度的に認めているのが今の漁業権だ。漁業権は長い歴史のなかで、漁業者が勝ち得てきた権利だ。いま、日本の漁業は変わらないといけないという意見が出ている。変わらないといけないのかもしれないが、マスコミの論調は、ここまで壊れてしまったのだから、日本の漁業も大転換しよう、もっと企業的な効率のいい漁業にしろと言っている。果たしてそれは可能なのだろうか。

■日本の漁業と食生活の変化

 ノルウェーの漁業を見習いなさいという意見があるが、ノルウェーと日本の漁業は大きく違う。ノルウェーは上位8種で漁獲量の9割を占め、半分以上をヨーロッパやアメリカに輸出している。そのため、単純な魚種構成のものを効率のよい漁法で獲らなければならない。日本は漁獲量が9割になるのに28種類必要だ。日本人がノルウェーのような単純な魚種構成で満足できるだろうか。日本にはノルウェー型の漁業は合わない。もし、合わせるとしたら日本人の魚食生活をあきらめないといけない。確かにいま、漁業は高齢化しており、変わるべきところは変わるべきだと思う。しかしそれは、ノルウェー型漁業ではない。
 日本は消費が変わってきた。多様な魚種を旬に合わせて利用し、それにあった漁業生産だったが、いまは旬を無視した消費になってきている。魚離れと言われるが、魚が嫌われているのではなく、食べる物の種類が増えてきている。外食では水産物の人気は高い。これは魚食離れではなく魚調理離れといえる。
 日本の漁業を効率化させようというなか、その効率化と食文化をどうマッチさせるかが問われている。漁業者の年間所得は平均200数10万円だ。日本の沿岸漁業を考えると、年金受給者が多く、他に産業がないところで、1,000万円で4人が食べていける産業は非常に重要だと思っている。沿岸漁業を収益性と効率性ばかりを追うとおかしなことになる。もっとも沖合漁業や遠洋漁業はまた別で、当然経済性が問われる。
 復興構想会議検討部会では水産業復興や街づくりにおいては、コミュニティの維持を最優先しようというのが委員のほぼ一致した意見だった。水産特区構想をそのまま実施するとコミュニティを完全に分断することになる。一部の漁師は民間資金を欲しいといっているが、それは民間資本の協力が欲しいということで、民間企業が漁業権を取ることに合意しているわけではない。ただし、彼らと共同して何か仕事をしたいという気は一部であるかもしれない。しかしそのことと漁業権は別の話で、漁業権は漁協でないと管理できない。例えば、かき養殖に企業が入ってきたとする。かき養殖の周りには他の漁業も行われており、そこには組合員が働いている。かき養殖はエサを与えないがプランクトンを食べるので、当然周りにも影響する。かき養殖から潮が回ってきていて、その下流にワカメ養殖があったら、そこの栄養は確実に少なくなり、現実にそういう問題が出ている。そういう問題を調整できるのは、漁協しかないので、民間企業の参入は事実上ほぼ難しい。あり得るとするなら、ほかの漁業を排除し、湾全体をひとつの企業に任せることしかないだろう。

 漁業権に関しては「教科書的な説明になるが…」と前置きした上で話が進められたが、歴史的背景を含め、なおかつ水産特区構想にも触れながらの話は、曖昧だった知識が整理された有意義な勉強会となった。