2010年1月24日(2009年度)

第19回公開シンポジウム―ジャーナリスト・池上 彰氏と考える―の報告

『そうだったのか!キューバと北朝鮮の農業』

テーマ:―ジャーナリスト・池上 彰氏と考える―

そうだったのか!キューバと北朝鮮の農業

2010年1月24日 於:東京ウィメンズプラザ
講演:ジャーナリスト 池上彰氏

  • 池上彰氏と会場参加者との意見交換
    コーディネーター:佐藤達夫(JFJ代表幹事)

■講演 ジャーナリスト池上彰氏

今日は北朝鮮とキューバがどんな国で、そこでどんな農業が行われているのかということを、やさしく、こどもニュース風にお話しできればと思っております。

北朝鮮という国の成り立ち 

 北朝鮮と韓国は、朝鮮半島の北側をソ連、南側をアメリカが占領したことから始まりました。ヨーロッパも、ドイツを東西に分割しました。西側はそれぞれの国の人たちの自由選挙で政権を作りましたが、東側はソ連の言うことを聞く傀儡(かいらい)政権を次々に作っていきました。同じことをアジアでもやろうとしたわけです。スターリンは、国連が朝鮮半島全体での自由な選挙をやろうということを拒否し、北朝鮮だけで選挙をやることになりました。南側も南側だけで選挙をやり、いずれ南北統一されればいいということで、別々に占拠をしました。それが南北分断されるきっかけでした。キムイルソンの本名はキムソンジュ(金成柱)といいます。スターリンによって金日成という人物が生まれ、そこから朝鮮民主主義人民共和国が始まりました。北朝鮮の国が出来た頃は、北朝鮮の権力層は3つにわかれていました。中国共産党系、ソ連共産党系、朝鮮半島にとどまって日本と戦っていた人たちです。それを粛清していき、金日成は自分と行動を共にしていたソ連派で政権を握り、絶対的な権力者、最高指導者になりました。最高指導者として現地指導をすることになり、金日成は各地を回り、農業指導もして回りました。

壊滅状態になってしまった農業 

 農業では、食料増産をしようと木を切り倒し、段々畑を作り、手っ取り早く食料を確保するためにトウモロコシを植えました。木を切り倒したので、山の保水能力がなくなり、段々畑は崩壊しました。土砂崩れが頻繁に起き、農地も埋まり、すぐに川が氾濫し、それによって農地が耕作できなくなりました。土砂は沖合に沈殿し、魚の住む場所が埋まり、その結果、沿岸漁業も立ちゆかなくなりました。山木を切り倒したので、稲を乾燥させる木が手に入らなくなり、稲をそのまま地面に積み上げて乾燥しましたが下の稲が蒸れ、せっかく収穫したものも、食べられない状態になりました。絶対的な独裁者の鶴のひと声で、農業が壊滅状態になってしまいました。かつて金日成は、人々の幸せは白いご飯に肉のスープ、絹の服を着て瓦屋根の家に住むことー、これが私たちにとって理想の幸せな生活だと言いましたが、これはいまだに実現していません。

北朝鮮を取材してみると…

 テレビの取材で、北朝鮮に3年ほど前に行きました。案内人が2人ついてきて、いいことだけ見せようとしました。26~30階建ての高層アパートの一般家庭を訪問しました。入り口に人のよさそうなおばさんが1日立っていて、住民ではない人が来たら、どこに来たか分かるように、いつも見守っています。私はエレベータを使って19階まで行きましたが、その時、住人たちがエレベータを使わず階段を使っているのを目にしました。普段、エレベータは動いておらず、その日は特別に電気を通してエレベータを動かしていることに気づいてしまいました。炊事については、朝晩だけ特別に電気を供給し、水が出るようにしていました。いろいろなことを隠そうとしても見えてしまう、それが今の北朝鮮です。つまり、絶対的な独裁者がいて、すべてその人の言うとおりにやっていくと、国の力がみるみる衰えていくという典型例なのだろうと思います。

キューバってどんな国?

 北朝鮮もキューバも社会主義の国。キューバにも独裁者と呼ばれるカリスマ指導者がいて、それはフィデル・カストロです。カストロが革命を起したのが1959年で、今年で51年目です。いまは弟のラウル・カストロが最高指導者です。キューバは昔、スペインの植民地でした。アメリカとスペインが戦争をし、アメリカが勝ったあと、形式上独立させました。その時キューバにアメリカ軍基地、グアンタナモ基地ができ、今も残っています。その半植民地状態を何とかしようと、当時のバチスタ政権を倒したのがカストロで、キューバ革命です。革命が終わったあと、キューバとアメリカの関係が悪くなりました。その後、ソ連が手を差し伸べたため、カストロ政権は社会主義政権へと急激に舵を切っていきます。キューバは北朝鮮のように陰湿なことはなく、非常にみんなあけっぴろげです。赤い色の革命が社会主義ですが、キューバはオリーブが採れるため、オリーブのような明るい革命ということがあり、「オリーブ色の革命」といわれます。キューバは貧しい国で経済は遅れていますが、平均寿命は77歳。キューバの医療は世界最高水準です。キューバは配給制度もあり、社会主義の基本で失業もありません。食べ物の心配もなく、医療も充実しているという形が完成しました。しかしソ連が崩壊し、すべてが音を立てて崩れました。1990年のその段階で、キューバの食料自給率は40%でした。石油は買えない、砂糖は売れないでどん底状態になり、なんとかしようと始まったのが、有機農法です。

有機農業の成功、北朝鮮との違い

 肥料が手に入らない、農薬も手に入らないでは、自分たちでやるしかないということになり、有機農法を始めました。現場を見ましたら、農薬を使わず、なんとかなっています。もうひとつは、やる気の問題です。キューバでは農業をやるなら給料が倍だと言ったところ、大勢の人が農業を始めました。国営農場だと農業の生産性は低いままでしたが、これを組合経営に変え、組合が生産して売った売上は、その組合員たちが山分けする形にしたところ、途端に生産性があがりました。その結果、食料自給率は一挙に80%まで上がりました。次に外貨の獲得として行ったのが、高度な医療、医師をある意味輸出することでした。南米・ベネズエラへ医者や看護師など2万人の医療関係者を応援に出しました。その結果、ベネズエラはキューバに石油を極めて安い価格で供給しています。キューバを訪れた時に案内人はつきましたが、街角でインタビューしたいというと、「どうぞ、お任せします」とさっさと帰ってしまいました。いまの体制を支持しているからか、信用しているからかは分からないのですが、北朝鮮とは全く違い、インタビューも自由でした。非常にあけっぴろげで、だからこそオリーブ色の革命というのかなと思いました。

■会場参加者との意見交換

働けば働くだけの収入を得る方法へ

(質問1)──日本農業についてはどのような表現になりますか。

(池上)──働けば働いただけの成果が上がり、自分が豊かになるという仕組みを作ると誰でも一生懸命働きます。日本は、戦後の農地改革が大成功しました。しかし、米が余るようになり、減反政策になりました。これは農家のプライドを傷つけ、次第にやる気を失っていきます。減反するためにお金を出そうというのは、その時点では有り得る選択肢だったと思いますが、ここまで来ると、働けば働くだけ何らかの収入になるのだよというやり方に変えていかなければなりません。民主党の農家への戸別補償制度は微妙で難しいのですが、ヨーロッパにおいても農民に対する戸別補償は有り得るわけです。一生懸命やりなさい、やったらやった分だけ収入になります、でも失敗したら国が補償しましょうねという考え方自体は、ひとつの選択肢として有り得るだろうと思います。米を作らなければ金をやるよ、というよりはいいと思います。ただし、これだけで上手くいくのかなという点では、非常に疑問もありますが、発想として一般論として悪くないけれど、やってみなければ分からない。というところで、今日はとどめておきましょう。

分かりやすく解説する通訳、翻訳者でありたい

(質問2)──ジャーナリスト・池上彰として心がけていることは何ですか。

(池上)──広い意味での通訳、翻訳者を心がけようと思っています。私は専門家ではありませんが、いろいろなことを少し知っています。その一方で、素人の立場での疑問もいっぱい持っています。「これってどういうことなの?」ということをみんなに翻訳、通訳しています。「そういうことだったの、許せない」とか、「そういうことだったのね」となって、初めてみんなが政治や経済の仕組みを理解して意見を持ちます。それがやがては行動に繋がっていきます。その通訳の役割に徹したいと考えています。これが私のモットーです。あくまでニュースを分かりやすく解説するスタンスの仕事だけをしていきたいですね。